今回は「綜絖」という機械についてお話したいと思います。
この装置の仕組みを説明し理解していただくことは非常に難しいことだと思いますので、気楽にお読みください。
紋織物を織るには、「機」「ジャガード」「綜絖」という機械装置が必要です。織物を織るということは、経糸と緯糸を組織させることです。経糸に緯糸を挿入するためには、組織に合わせて経糸を上下させなければなりません。このための装置が「綜絖」と呼ばれるものです。
「機」も「ジャガード」も紋織物を織る為の必要不可欠な装置ですが、これらの装置はいわゆる汎用装置であり、西陣の「織屋」は、基本的に同じものを使用します。一方、「綜絖」は、織り上げる組織によって、また経糸の数や柄を表現する絵緯糸を綴じる組織によって,各織屋のオリジナル仕様になります。
そして、この「綜絖」を動かす装置が「ジャガード」であり、「ジャガード」を備え付ける土台が「機」なのです。したがって「綜絖」は紋組織や糸使いという織屋のソフトウェアーを具体化するブラックボックスであると言えます。
経糸を制御するのに一番簡単な方法は、経糸を一本ずつ思いのままに制御する事です。この仕組みを「糸把釣」と言いますが、この事が可能であればどのような組織の織物でも織る事ができます。
しかしながら、「糸把釣」を可能にするためには、ジャガードの口数(ジャガードが制御出来る数)以内の経糸に抑えるか、経糸の数と同じだけの口数のジャガードを使用するか、どちらかを選択しなければなりません。現在、西陣で使用されているジャガードの口数は400口 600口 900口のものがあり、他方、経糸の数は2000本から5000本あります。したがって「糸把釣」は現実には無理という事になります。
そこで西陣の先人たちは、糸把釣に匹敵する装置として、棒刀や伏セといった仕掛けを取り入れた「綜絖」を考案したのです。
詳しくは、次回にお話します。
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前回に引き続き「綜絖」についてお話したいと思います。
前回お話したとおり、「西陣帯」の経糸の数は組織によって異なりますが、2000本から5000本ぐらいの糸数を用いたものが多くあります。
例えば、糸数2400本の「錦織」を口数600のジャガードを用いて製織するとしましょう。ジャガードの針は600本なので、一本につき4本の経糸を引き上げる事ができますが、逆に言うと4本の経糸が一本の糸の如く引き上がってしまいます。
「錦織」は、3以上で組織を組みますので、針組織だけで「錦」を組もうとすると、少なくとも経糸12本で一組織を組む事になるので凄く粗い生地になってしまいます。
そこで、2400本の糸をジャガードの針数に関係なく一定の糸数ごとに引き上げて地組織を織る装置に
「棒刀」と呼ばれるものがあります。たとえば、24枚の棒刀を用いれば一枚の棒刀に100本の糸がのります。端から数えて1から24までの経糸をそれぞれの棒刀にのせ25番目は1と同じ棒刀にのせます。
このように棒刀は、4本一組の針とは全く独立した経糸動きを可能にします。24まいの棒刀で8枚引き上げれば全体の三分の一である800本の糸をジャガードの針に関係なく引上げることが出来ます。
同じ理屈で二分の一、四分の一、六分の一、十二分の一、二十四分の一が可能になります。
このように帯の土台となる部分は「棒刀」と呼ばれる装置で組織し製織されます。言い換えれば、無地を織るだけならば「棒刀」だけで織ることが出来るということです。
しかしながら帯には柄があります。そこで柄の部分だけ「針組織」を用いて柄を織り出すのですが、
「針組織」だけでは柄を出す針と針の間の緯糸を経糸で抑える事が出来ないのですべての柄が同じ「針綴じ組織」しか使えず組織に変化を持たせられません。
そこで、柄を経糸で綴じる装置として「伏セ」と呼ばれる物が有ます。
「伏セ」については次回お話します。
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前回は綜絖の「棒刀」についてお話しましたが、今回は「伏セ」についてお話します。
前回お話したとおり、帯の土台となる地組織は、綜絖の「棒刀」と呼ばれる装置を用いて製織します。
その土台となる地組織の上に、柄を織り込むために柄に合わせて針で経糸を引き上げ、引き上げた部分だけに柄を織り出すための絵緯を織り込みます。
このとき絵緯は、土台の生地には全く組織されず、土台の生地の上にのっている状態になります。この状態を「針浮き」と言います。
この「針浮き」は絵緯をとじる間隔が狭いときは問題ないのですが、「針とじ」がある程度の長さ以上になると絵緯が引っかかったり、土台の生地が見えたりする難点が生じます。
そこで、600口のジャガードを使用した場合、針数20前後で絵緯をとじるようにします。これを「針とじ組織」と言いますが、針でとじると穴が開いたように見えたり、また「針とじ組織」だけでは絵緯の高さが一定で凹凸感のある表現が出来にくい欠点があります。
そこで「棒刀」でジャガードの針数いわゆる把釣に関係なく地組織を組んだのと同じように、絵緯を把釣に関係なく経糸一本ずつ制御する仕組みが考案され、その装置を「伏セ」と言います。
「伏セ」という装置の特徴は、「針によって引き上げられた糸」だけを対象に組織的に経糸を引き下げることが出来る事です。
したがって、柄のない部分つまり針によって引き上げられていない所は、「伏セ」は機能しない事になります。そして柄を織り出すために針によって引き上げられた経糸の一部を使って畦や錦また朱子等の組織による「とじ」を掛けます。例えば口数600のジャガードで糸数2400本の錦地の帯で三分の一の模様を織った場合、針一本につき4本の経糸が通っているわけですから全体の三分の一である800本の経糸を引き上げます。
つまり200本の針を引き上げる事になります。そしてこの引き上げた800本の経糸のうち何割かの経糸を引き下げてやることで、「伏セとじ」を掛けます。
たとえば、十二枚の「伏セ」が入ってたとしましょう。すると1枚の「伏セ」には200本の経糸が通っており全体の十二分の一の経糸を制御することが出来ます。そして「棒刀」と同じ理屈で二分の一、三分の一、四分の一、六分の一、十二分の一、の「とじ方」が可能になります。文様を織り出すために引き上げられた全体の三分の一である800本の経糸のうち、任意の間隔で一定の経糸だけを組織に合わせて引き下げることで柄に経糸を被せる、つまり「とじ」をかける事が可能であり、しかも「とじ」をかけた組織を多重にする事も出来るのです。
少し話しがややこしいので、「多重組織」については次回として今回はここで終わります。 |
前回「とじ」の基本的な構造についてお話しましたが、今回は「多重組織」についてお話します。
「伏セ」と言う装置を使用することで、針の引き上げによって織り出された柄に、引き上げられた経糸の一部を使って絵緯に「とじ」をかける訳ですが、その上にもう一度「絵緯」を重ねることが出来ます。
これから、「多重組織」の説明をしますが、非常にややこしいので、「錦」や「畦」といった地組織は無視して「伏セ」の基本的な構造だけで説明します。
前回の例と同じように、「2400本の糸数で600口のジャガード、24枚の棒刀12枚の伏セ」の機で三分の一の柄を織り出したとしましょう。棒刀で土台の組織を織った後、柄を織り出すためにまず200本の針で800本の経糸を引き上げます。その後、柄に「とじ」を掛ける為に引き上げた経糸の一部を「伏セ」で引き下げます。
例えば、引き上げた経糸の二分の一を引き下げたとしましょう。
そこに絵緯を織り込みます。すると、800本の二分の一つまり400本の経糸で「とじ」をかけることが出来ます。その上に、もう一度四分の一である200本の経糸を引き下げ、最初の絵緯とは異なった糸を織り込む事ができます。
此処でややこしいのは、最初に四分の一でとじた後、その上から二分の一の
「とじ」はかけられない。ということです。最初に四分の一つまり200本しか引き下げなければ、後の600本の経糸は絵緯の下になっています。その様な状態の経糸は引き下げることは出来ません。
この様に一つの柄を異なった組織と絵緯を用いて織り出す組織を「多重組織」といいます。実際には、「畦」「錦」「緞子」など基本の地組織に組合わすことの出来る[伏セ]組織を考案することは至難の業であり、また経糸を二重や三重にして、「柄」をとじるためだけの「別? べつがらみ」と呼ばれる経糸を使用することで、その「組み合わせ」は限りないといっても過言ではありません。
このように、西陣の帯を作り出すろいろな過程のなかでも、「綜絖の占める割合」つまり組織による表現力が「機屋」の最大の特徴といっても良いでしょう。
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前回まで「綜絖」特に「伏セ」についてお話しましたが、非常に解りにくい仕組みであったと思います。しかし、この仕組みこそが西陣織の最大の特徴であり、世界中の織物の中でこのような仕組みを採用している織物産地はありません。
つまり経糸を一本ずつ制御する事は簡単なのですが、それでは糸数が多くなれば必然的に針口数の大きいジャガードを使用しなければ成らず「機」も大きなものと成ります。
当然、生産設備に多額の費用がかかり、大きな企業しか投資出来ません。
そこで、全体を引き上げたのち、その一部を引き下げる事で一本ずつ制御するのと同じような効果をもたらし、しかも織り出す
「柄の立体感」に変化を持たすことが出来る装置 つまり[綜絖]を考案することで、小規模な機屋が低コストにも拘らず独自の織物組織を考案できることが可能となりました。
このことこそが、西陣を常に活性化させ、小規模にも拘らず個性ある「織屋」が独自性のある「帯」を生産することが可能となり、西陣が織物産地として他の追随を許さない発展を遂げたのです。
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